頼んでいたスーツを受け取って店から出ると、ちょうど見慣れた車が店の前で止まるところだった。
仕事着のかっちりとしたスーツではなく、シンプルなシャツにジャケットというラフな格好をした骸が運転席から姿を見せる。


「やぁ。時間通りだね」
「いえ、少し遅刻です。実は僕も買いたいものがあって」


そういって申し訳なさそうに微笑んで見せた彼は車のキーを雲雀に手渡す。
持っているスーツの包みを乗せておくよう伝えると、「すぐ戻りますね」と足早に向かい側のコーヒー店に姿を消した。
骸に言われた通り、後部座席に包みを乗せてしまうと途端に手持無沙汰になり、閉めたドアに背を預け、自分が今しがた出てきたばかりの店の外観をのんびり眺める。




オーダーメイドスーツを専門に扱うこの店は骸に教えてもらった。
いかにも昔気質の職人といったふうの初老の男がオーナーを務めるこの店は、何度も採寸に足を運ばなければならない煩わしさはあるが、その手間に見合うだけのスーツを作ってくれる。
スーツの着心地は接近戦ばかりの雲雀にとって最重要事項といってもいい。
最初の一着こそイタリア語にもまだ慣れておらず、スーツを仕立ててもらうのも初めてのことだったので骸に頼りっきりになってしまったが、語学に慣れた今ではこうして定期的に足を運んでいる。
シンプルな、機能重視のものばかりオーダーする自分は上得意には違いないだろうが、デザインの美しさも大事にする他の客と比べるとつまらない客なのかもしれない。


ディスプレイの美しいスーツをぼんやり見ているうちに、紙袋を抱えた骸が戻ってきた。
彼が最近お気に入りの銘柄のコーヒー豆とチョコチップクッキーの袋が覗いている。


「お待たせしました。君は他に買いたい物は?」
「いや、特にない。でもそのクッキーは気になるな」
「ああ、これはチョコが大きくて美味しそうだったのでつい…今度コーヒーと一緒に出しましょう」


ふふっと笑いながらスーツの包みの横に紙袋を積みこみ、運転席と助手席に乗り込む。
雲雀がシートベルトを締めるのを確認すると、骸はゆっくりアクセルを踏み込んだ。
なめらかに動き出した車はイタリアの古い街並みの中をのんびり走っていく。


「そういえば今回もいつもと同じタイプをオーダーしたんですか?」
「なに、気になる?」
「君の黒髪とブラックスーツはよく似合うと思いますが…せっかくなんですから、もっとデザインに遊び心を加えてもいいと思うんですけどね」


ハンドルを切りながら視線をよこす彼に「それもたまには良いかもね」と曖昧に返事をしながら、雲雀は目を閉じる。まぶたの裏に、先ほど受け取ったばかりのスーツを思い描いた。




今回初めて、いつもと違うオーダーした。


『彼の隣に並んでも恥ずかしくないものを作ってほしい』


いつもは動きやすさばかりを求める雲雀が初めてつけたその注文に、初老のオーナーは驚いた様子だったが、雲雀のいう『彼』が誰なのかはすぐに分かったらしい。
「彼は趣味がいい。やりがいがありますよ」と微笑んで引き受けてくれた。


そうして出来上がったのは、細いラインの美しいストライプスーツだった。
ポケットの位置やボタンの位置がいつもより高めで、それだけで全体的にシャープな印象を受ける。
細部を変えるだけでこんなにも印象が変わるのか。
骸が毎回スーツを仕立てるのに時間を掛ける理由が、今ならなんとなく分かる気がした。




あのストライプスーツには何のシャツを合わせよう。
たまにはいつもの白いシャツではなく、黒に合うように緑を選んでみようか。あまり濃くてはせっかくの黒が台無しになるから、若葉色のようなやわらかい色がいいかもしれない。
ネクタイは光沢を抑えたホワイトシルバーがいい。きっとあのストライプの色と合う。


そうして選んだ服を着て、次に骸と仕事をするとき、彼が驚いてくれればいい。






教えてあげない












2013/09/09
今はまだ秘密だよ。だって教えたら君は運転をやめてキスをするだろう?