夢を見た。
考えたことがないわけではなかった。けれど、それはひどい夢だった。


六道骸を、この手で殺した夢。


「殺す」夢ではなく「殺した」夢だった。
自分が熱狂したはずの戦闘の記憶も余韻もなく、ただ気が付いたときには目の前に六道骸という男の死体が転がっているだけで、手の中にあった血濡れのトンファーが自分の行為を明確に主張していた。


おびただしい量の血溜まりの中で、骸は仰向けに倒れていた。
もともと色の白い肌がさらに青白く、口元から一筋の血が流れていて、その赤色をいっそう際立たせていた。
夢の中の自分は服が汚れるのも気にせず、ゆっくりと片膝をつき、その顔を覗き込む。
瞳孔の開いた瞳はまるでガラス玉のようだった。
見開かれた透明な青色の左目。そしてその赤い右眼に、あの六の文字はなかった。


手を伸ばしてわずかに開いたままの口元をなぞる。
ぬるりとした感触が、やけに生々しく指先に粘りついた。




だから自分のベッドで目を覚ましたとき、その場で飛び起きた僕は自分の両手を見ずにはいられなかった。
当たり前のように両手は白いままで、夢の中で触れたはずの赤色はこびり付いていない。
それでも隣のベッドを見ると、とっくに帰っているはずの骸の姿はなかった。
そろそろと冷たい床に素足を下ろし、リビングへ続く扉を開ける。


「おや、珍しいですね。君がこんな時間に起きてくるなんて」


照明を落とした、けれど寝室よりは明るいリビングのソファに骸はいた。
白ワインの入ったグラスを傾けながら、数日前から読んでいる本を膝の上に乗せている。
起こしましたか、と申し訳なさそうに笑う口元に思わず目がいく。
夢の中の顔が脳裏をちらついた。口元を辿る一筋の赤色。


返事のない僕を心配したのか、ソファから立ち上がった骸の胸に、自分の頬を押し付けた。
「恭弥」、と少し驚いたような声がする。それにも構わず、じっと耳を澄ませる。


とくとく、規則正しい音がする。
嗅ぎ慣れた香水の匂い。薄いシャツ越しに伝わるやわらかな体温。


大丈夫だ。彼は、骸は、ここにいる。


「…なにか怖い夢を見たんですね。大丈夫ですよ。
 ホットミルクを用意しましょう。今夜は少しだけ蜂蜜を垂らして、ね?
 そうすればぐっすり眠れますよ。夢も見ないほどに、深く」


それでも夢を見たときは、夢の中から君をすくい上げてあげますから。
そう微笑んで、僕を落ち着かせるように頭を撫でる彼の指先を感じながら、彼の心音に包まれるように目を閉じた。






心臓から一番遠い
この愛に












2013/01/28
Title:「エナメル」様